ISタイムトラベル130

アイ・エス・ガステムは今年、創業130年を迎えています。
当社の歴史を人々の暮らしの変遷や歴史のトピックと一緒に連載でたどっていきます。

お米の小売販売がスタート

 アイ・エス・ガステムの前身である石井商店は、石井巳之助により1884年(明治17年)に東京本所相生町で創業しました。
 巳之助は跡取りの男子がいなかった市川市曽谷の地主の石井家に養子として婿入りします。そして将来を考え、田畑を小作人たちに分けて夫婦で東京に出て、米の小売販売をはじめました。
最初、米を1俵単位で販売しましたが、ぜんぜん売れません。お米は今に比べれば随分と高価で、当時の下町には、お米を1俵まとめ買いする余裕のある人は少なかったのです。
 そこで巳之助は、お米を升(マス)で売る“量り売り”に変えたところ、飛ぶように売れるようになりました。

自由の女神とアイ・エスは同い年!?

 自由と民主主義のシンボル「自由の女神像」は、今から30年前 の1984年にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されました。 像がニューヨークに完成したのは1886年ですが、最初、1878年のパリ万博で頭部が披露され、1884年にパリで全体が完成しています。その後分解されアメリカに運ばれ、再び組み立てられて現在に至ります。
 「自由の女神像」がパリで完成した1884年は、アイ・エス・ガステムのスタートの年。つまり、自由の女神とアイ・エスは同い年ということになります。

※参考「物価の文化史」「フリー百科事典wikipedia」ほか

■明治のお客さまニーズに応える
 1884年当時、精米1石(10升。142.25kg)が7円87銭という記録があります。1石は成人1人が1年間に消費する量にほぼ等しいと見なされていましたが、現在に換算すれば、1升が3万円以上もします(※)。お米は今に比べれば、随分と高価で、当時の下町には、お米を1俵(=0.4石=4升)まとめ買いする余裕のある人は少なかったのです。
 お米1俵は4升分(56.9kg)です。下町の庶民たちにとっては、一度にそれを買うのは大きな負担です。そこで 巳之助は“量り売り”に変えますが、さらに、掛け売りがふつうだった販売方法を、現金商売にして割安にしました。今の言葉で言えば「お客さまニーズに応えた」わけです。
 巳之助は米の小売りとほぼ同時に、主食の米と同様以上に大切な、燃料ビジネスもはじめます。そしてその後は、商売の発展と安定を考えて薪炭の卸問屋へと業態を変えていったのでした。

※ 1886年(明治19年)、小学校教員の初任給は5円と定められた。現在は207,000円(千葉県)。この給与と米の価格を比較換算した。

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